- 2016-5-18
- 豊後food記 -奥豊後周辺の食-
Contents
豊後大野さといもの紹介
豊後大野市は大分県内の里いもの一大生産地です(県最大)。
「大和」「エグイモ」「大吉」の3品種の里いもたちはどれも一味ちがいます。是非ご賞味ください。
さといもレシピもいっぱい「豊後大野さといも」のHPはこちらから
→豊後大野さといも公式HP
大人気!豊後大野さといもを使った「里いものうま煮まん(いもの力屋) 」の動画をご覧ください。
英雄「緒方三郎惟栄」を生み出した大地とさといも
豊後大野市に英雄あり、岡城の築城伝説に名をあげる、緒方庄(おがたのしょう、現在の豊後大野市)を中心に九州と沿岸部に一大勢力を誇った
緒方三郎惟栄である、自らを「おそろしき者の末裔」と称し幾多の戦いで平家を倒し恐れられた緒方三郎惟栄と一族郎党を育んだ食とは何か?
英雄達の活力を支え続けた食の秘密はその大地にあり!豊後、そう「豊の国」と言われる中にある豊後大野市の大地で採れた作物は、どれも滋味豊かで栄養満点
数多の魅力的な食の中から、豊後大野のさといもの歴史をご紹介します。
豊の国とさといも
さといもが日本に伝わってきたのは、縄文時代と言われており、山間部では農耕儀礼や儀礼食としても多く用いられてきました。
近現代でも祝いの席の料理に伝統的なさといもの料理が供される事は珍しいことではありません。
大分県の古代の歴史を記した「豊後国風土記」に白い鳥が「おもち」と「芋草(さといも)」に変わって供したと記述があり
その「おもち」を見て景行天皇がその地域一帯を「豊の国(のちに豊前と豊後に別れる)」と名付けたと書かれています。
豊後大野市でも古くからその風習が有り、むかしからさといもが栽培されてきました、そして現在もなお。
豊後大野のビッグフィールド
祖母山、傾山、佩盾山、阿蘇外輪山に囲まれる大分県の南西部に位置する豊後大野市は、豊の国に輝く豊後のビックフィールド(大野)です。
風光明媚な山野の風景、鍾乳洞や清流流れる河川等、様々な観光名所もあります。
縄文時代から豊後風土記まで「豊後大野さといも」のHPはこちらから
→豊後大野さといも公式HP
製作