小松尾城(小松ヶ城・神原城)

祖母山麓の、美しい渓流で知られる神原地区の山城。
4つの峻険な小山が連なる峰の、右から2番目の山が主郭と伝わる。
天正14年(1584年)現在の熊本県高森町の野尻まで攻めてきた島津義弘が、竹田市入田の宮砥まで侵入して来た際に、小松尾城(小松ヶ城・神原城)を居城とする入田義実(にゅうたよしざね・宗和)と志賀道益が、島津軍に内応し、数千の兵を率いて出迎えた。


城主

入田氏

関連武将

入田 義実(にゅうた よしざね)

 入田 義実(宗和)、直入郡入田荘領主、入田氏11代当主。大友氏家臣、後に島津氏の家臣となる。
 天文2年(1533年)、大友氏の重臣・入田親誠(親実)の子として、豊後国入田神原城で生まれる。
 天文19年(1550年)、大友氏の内紛である二階崩れの変において父・親誠が殺害され没落。一時は流浪の身となるが、天正8年(1580年)頃に変の際は若年だったことが考慮され、大友宗麟から帰参を許される。筑前国鞍手郡若宮荘350町など一部の所領を回復したが、その後は冷遇されたため、耳川の戦いにおける大敗で大友氏が衰退して島津義久の侵攻を受けるようになると、天正13年(1585年)志賀親度(道易)と連携して新納忠元を介して島津氏と内通した(ただし、大友義統と対立して戸次統貞に攻められたため、やむなく内通したという説もある)。
島津氏に従って薩摩に移った入田氏は、その後も途絶える事無く現在まで続き、宮崎・鹿児島のに入田姓が見られる。

所在地

〒878-0574 大分県竹田市神原

地図

写真


備考

麓の緒環の食事処の古老の方々に聞けば場所はすぐに教えてもらえます。春の小松尾城の山桜は地区の観光の名物とされる。
神原地区は、岡城築城伝説に名を連ねる、緒方三郎惟栄の祖先、大神惟基の誕生伝説が伝わる穴森神社に、祖母山と気象の神様を祀る健男霜凝日子神社、神話と歴史、そして美しい渓流と祖母傾国定公園の自然が素晴らしい場所です。


竹田市の岡城の周辺の山城、支城、狼煙台などの地図。

関連リンク:岡城周辺の山城と支城リスト(九州の大分県竹田市)


岡城.com志賀氏館に通じる山城ライン

岡城周辺志賀氏館(用作公園)から直入之郡(竹田市)の山城を結ぶラインを表示

竹田市の観光名所(豊後竹田駅から)

岡城:車で10分
長湯温泉:車で25分
久住高原:車で25分
竹田湧水群:車で15分
神原渓谷:車で25分
竹田市城下町:豊後竹田駅正面すぐ。

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