NHK大河ドラマ 西郷どん岡城にまつわる人々の繋がり 西南戦争茶屋の辻の戦い

明治維新のヒーロー・西郷隆盛、二度の島流しと三度の結婚を経験し、破格の人望と行動力で時の幕府を無血で開城・降伏させ、王政復古を成し遂げた明治維新の立役者。
2018年のNHKの大河ドラマ「西郷どん」でその生涯と人物像が明かされるそうですね。
*NHK大河ドラマ西郷どん制作発表のニュースに伴い、前回予告「福島正則と志賀親次」は次回以降とさせて頂きます。

西南戦争

さて、明治維新を成し遂げた後の事ですが、西郷隆盛は1年ほどの短い期間「大日本帝国」の大将を務めた後、鹿児島に戻り地元の若者を教育する為に教鞭を取って暮らします。
その教え子たちを含む士族達が、日本最後の内乱(諸説あり)西南戦争を引き起こします。

西郷どんは、その不満が爆発した士族たちのリーダーとしてその戦いの舞台に立つことになりますが、政府軍により士族の反乱は悉く鎮圧されて行き、最後は故郷の鹿児島県の「城山」で別府晋介の介錯で果てます。

西南戦争での豊後の国

その西南戦争では、大分県の各地も戦場となります。岡城がある「豊後」も例外ではありませんでした。
西郷軍の野村忍介が率いる奇兵隊2000名(定かではない)が竹田を掌握し、陣取りました。竹田でも兵を募り100とも600人とも言われる兵士が西郷軍に入隊したそうです。
西郷軍の進軍に対して、政府軍は熊本の外輪山方面から討伐軍を送り、阿蘇の外輪山から竹田の町にかけて広範囲で戦闘が繰り広げられたそうです。

阿蘇大観峰付近、嵐JAL CMのロケ地から見た「外輪山」豊後方面

阿蘇大観峰付近、嵐JAL CMのロケ地から見た「外輪山」

西南戦争の激戦区の一つ、参勤交代道のある熊本県阿蘇郡産山村片俣の西南戦争の逸話が書かれた立て札。

西南戦争の激戦区の一つ、参勤交代道のある熊本県阿蘇郡産山村片俣の立て札。

茶屋の辻の戦い

その時の激戦区となったのが天正十四年(1586年)に、やはり薩摩の島津軍と豊薩戦争の激戦が繰り返された岡城の、岡城と支城の鬼ヶ城の間にある「茶屋の辻」です。
西郷軍政府軍双方で1000人と言われる死傷者を出した戦場の跡地近くには「千人塚」が作られ弔われました。

鬼ヶ城動画

岡城ドローン空撮


城下町は武家屋敷のある殿町を残して殆ど消失してしまったとも言われています。奇しくも、約300年前に敵対して戦った、豊後と薩摩の武士が手を組み、政府と戦った岡城と竹田の町、NHK大河ドラマ「西郷どん」でその当時の日本の姿を見ながら、改めて歴史の息づく豊後の国を見つめなおして見たいですね。

西南戦争を語る、茶屋の辻近く、番所跡の立て札。

西南戦争を語る、茶屋の辻近く、番所跡の立て札。

番所跡の立て札

番所跡の立て札

茶屋の辻、番所跡近くにある古い上水道配水池。

茶屋の辻、番所跡近くにある古い上水道配水池。

茶屋辻近くに生家のあった廣瀬武夫の像(竹田市立歴史資料館)

茶屋の辻近くに生家のあった廣瀬武夫の像(竹田市立歴史資料館)


NHK大河ドラマ「西郷どん」について。

タイトル:西郷どん
放送:2018
原作:林真理子
脚本:中園ミホ
時代:幕末-明治
主人公:西郷隆盛



関連リンク
豊薩合戦Episode


広告

関連記事

広告

Youtube

岡城.com チャンネル
チャンネル登録をお願いいたします。
Please subscribe to my channel!

広告

ページ上部へ戻る