騎牟礼城 日本史最強の伝説的武将 源為朝が砦とした山城 ドローン撮影(4K) Vol.5 20170225

写真中央の山の上に、日本史最強の伝説的武将と言われる源為朝(みなもとのためとも)が築城したと言われる「騎牟礼城(騎群城・きむれじょう)」があります。
阿蘇くじゅう国立公園の「くじゅう連山(久住/九重)」を背景に、周囲を見下ろすこの山城には、戦国時代や西南戦争(西南の役)の時代の盛土などの遺構が残されています。
騎牟礼城は、平安時代末期から、岡城が築城された後も重要な支城として、明治時代まで使用された歴史の長い城です。

九州を平定した 鎮西八郎 源為朝

勇猛にして傍若無人、手のつけられない暴れん坊だった源為朝は、13歳の時、父・為義から勘当され九州に追放されます。
その後、豊後国(現在の大分県)に住んでいた為朝は、阿蘇の豪族(阿蘇氏)の婿となり、自らを「鎮西総追捕使」と称して、九州の豪族たちと戦いを繰り広げました。
数十回に及ぶ合戦を繰り返し、わずか3年で九州を平定してしまった源為朝でしたが、香椎宮が訴えたことで、朝廷から出頭の命令が下ります。
しかし、為朝は従わず、怒った朝廷が父の為義を解官。父の処罰を知った為朝は、ついに観念し、九州の強者(つわもの)28騎を引き連れ上洛しました。
-つづく-

騎牟礼城 日本史最強の伝説的武将 源為朝が砦とした山城 ドローン撮影(4K) Vol.5

騎牟礼城 日本史最強の伝説的武将 源為朝が砦とした山城 ドローン撮影(4K) Vol.5


源為朝が登場 または 題材とされた書物・作品

保元物語(作者不明)
椿説弓張月(曲亭馬琴作・葛飾北斎画)
強弓伝 源為朝(朴念仁)
為朝二十八騎(佐野絵里子)
ST 為朝伝説殺人ファイル 警視庁科学特捜班(今野敏)
ほか。


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騎牟礼城 Googleマップ


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